クモには昆虫のような翅がない.
しかし,新しく成立した島においてクモはパイオニアになりやすい.
これは,クモは糸を凧揚げのように扱うことで,空を飛ぶことができるからである.
本記事では,クモが空を飛ぶ性質「バルーニング」について紹介する.
①クモのバルーニング
クモはバルーニングをするとき,糸疣から糸をヒラヒラさせる.
バルーニングは風がよって飛散すると思われたが,風が穏やかな日であってもバルーニングは観察される.
最新の研究によると,糸が帯びる静電気が地球の電場に引っ張られてクモの空中を促すこと,クモは地球の空中電場の強弱を検知し,バルーニングを行うタイミングを決めていることが判明した.
全てのクモは糸を生成することができるが,全てのクモがバルーニングできるわけではない.
バルーニングできるクモとできないクモがいるのである.
欧州のコモリグモ科を対象とした研究では,バルーニング行動は同じコモリグモの仲間でも,行う種とあまり行わない種がいることが報告されている.
直接バルーニング行動を観察することは困難なので,この研究ではクモがバルーニングで糸を風に流す時に行う,つま先立ち行動の頻度を比較している.
その結果,この頻度が種によって違うこと,更につま先行動の頻度とその種の分布の広さの間に強い相関関係がみられたとのこと.
逆に分布の狭い種ではつま先立ち行動の頻度が低い.
特に特定の環境に固執する種ではバルーニングの頻度が下がるのだ.
②ハワイにバルーニングしたクモ
ハワイにはクモが10科しかみつかっておらず,しかもそれらの科の多くが1属のみから成っている.このことは,バルーニングによる外部からの移入が殆どないということを意味している.
その少なさから,ハワイでは多くの生態的地位が空いている.
そのため,ハワイではバルーニングで移入した数少ない種の中から適応放散が起こっている.
適応放散とは,ひとつの系統から複数の異なる生態的地位を占めるように種が分岐することだ.
実際に,ハワイにはアシナガグモ属が未記載種も含めて100種棲息し,空いている生態的地位を占めるようにアシナガグモ属で適応放散が起こっている.
例えば,アシナガグモ属といえば水平円網を張る造網性種が一般的だが,徘徊性のトゲアシ群(=上種に相当)が分岐している(トゲアシ群は造網性を捨てて徘徊性に転じたハワイ固有群).
ハワイのアシナガグモ属について,トゲアシ群(徘徊性)と造網性種群の間の種分化率を計算した研究がある.
その結果,造網性種群の方が種分化率が高く,より急速に種分化していることが明らかになった.このことは,特定の場所への結びつきの強い造網性種の方が,徘徊性種よりも種分化が急速に起こっていることを意味している.
また,ハワイなどの海洋島に棲息する固有種は,意外にもバルーニング能力を持たない.
これは,確かにハワイまで飛んできた時の祖先はバルーニング能力を有していたが,周囲が海であるためにバルーニングをする利点がなくなり(下手に飛んでも海に落ちるだけだから),二次的にバルーニング能力を失ったためと考えられる.
即ち,バルーニングは島への移入を可能にするが,島の中ではバルーニング能力は寧ろ不利であることを意味している.
これも特定の場所との結びつきが強い種ほどバルーニング能力を失う一例であると考えられる.